
先日ソウルに行って来た。そこで戦争と女性の権利博物館を訪ねることが出来た。博物館は太平洋戦争中に日本軍の「慰安婦」とされた被害生存者(サバイバー)が自分たちのような被害者を二度と出したくない思いで、市民団体や、寄付者と共に2012年に設立された。
受付の人と言葉を交わす。来客リストとして、自分の名前を書いた。多くの日本人(女性が多かった印象)が訪れていた。あまり普段音声ガイドは使わないが、今回は内容を考えて使うことにした。展示を進むと突然屋外に出た。一瞬ドイツのユダヤ博物館(行っていないが)を思い出した。狭い通路に砂利が敷いてあり、そこを歩くと上から同じように「ジャリ、ジャリ」と音がする。ハルモニ(親しみを込めた韓国の年配女性への呼称)達が日本軍に何も知らされずに連れて行かれる様子を追体験出来るようになっている。こうした来館者の身体に訴えかける展示は理屈抜きなので、自然に受け止められた。途中壁からハルモニ達のマスク(顔)と手が無念を訴える。音声ガイドでは、女性たちの被害を概念化するために「慰安婦」という言葉を批判的に使っているとの説明があった。音声ガイドの日本語はとても丁寧な説明で分かりやすく、誠実な印象を持った。

外の展示から又博物館の建物内部へと移る。こうした身体的な、建築的な展示は非常に強く記憶に残る。横並びの資料展示よりも、ハルモニ達の心に寄り添いやすいという感想を持った。屋内に入ると映像と画像でハルモニ達一人一人の無念が語られる。やはり日本での報道やSNSなどの間接的な情報より、現地(韓国)へ赴いた方が自分の身体を通じて感じられて良い。日本での報道だと、団体としてのハルモニ達の、しかも戦争被害訴訟の場面だけの印象が強い。ここ韓国だと、実際にあったこととして感じられる。それは広島の平和記念資料館と同様であろう。しかし、広島と違うのは博物館の展示が戦争によって女性の権利が奪われてしまっているという事実に焦点を当てていることである。
さらに展示を進むと、ハルモニ達が履いていた靴が展示空間にある。そうした当時の品々は来館者の身体と時空を超えてコミットしていくので生身の一人の人間の人生と向き合うことになる。戦争とは一人の人生を見えなくすることで成立するものだと改めて感じる。戦争へと進む政治の方向もそうしたプロパガンダを繰り返していくのだろう。
展示のある空間は地下室で暗いが、そこからハルモニ達が強く未来を切り開いていく様が地上へと階段を上る展示によって示されている。階段の途中には日本語、韓国語、英語で「私の青春を返せ」などの一人一人の強いメッセージが本人の顔写真とともに展示される。地上へ出ると、東南アジア全域の日本軍「慰安所」のあったとされる証言(現地の人、被害者)などからなる地図が展示されていた。更に「突撃一番」と呼ばれるコンドームのパッケージが展示、慰安所の配置図(医師による慰安婦の検査、順番を待つ兵士)のイラスト、実際慰安所を利用した日本軍兵士による資料があった。

ここで私は日本人として実際にあった事実に向き合うことになる。また男性として。他の来館者も真剣に展示に向き合っていた。有名な椅子に座った平和の少女像もあった。ここで、当時の女性戦争被害と現在が繋がっていく。展示は更に世界へと繫がり、バタフライ運動と言われるコンゴやベトナムなどの戦時性暴力被害者への支援をハルモニ達が中心となって女性の人権を守っていく市民運動を紹介していた。
その後展示を進み受付に戻って来たと思って、受付の女性に「良い展示でした」とお礼を言うと、展示はまだあります。と屋外へと案内された。そこではベトナム戦争時、韓国軍がアメリカ軍に加担した時の戦時性暴力の告発が一人一人のベトナム女性たちによって紹介されていた。ここで韓国軍によるベトナム女性レイプの恐怖を読むことで改めて女性の人権について考えた。
我々日本人は日本対韓国の構図で報道を受け止めてしまいがちであり、国家同士の対立構造に持っていけば政治家の思うつぼである。博物館を出ると「女性の権利は人権であり、人権は女性の権利である」と壁に描かれた壁画があった。ソウルにある「戦争と女性の権利博物館」はとても良い展示なので機会があれば訪ねて欲しい。













